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蒼龍子貞行は、本名を山村貞行といい、明治四十二年(1909年)に高知県に生まれ、山村瑞雲子善貞の門人となり、戦後は高知県南国市国分で鍛刀した。
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藤枝英義は、通称を繁太郎或いは太郎作といい、文政六年(1823年)に玉鱗子英一の子として上野国那波郡川井村(現群馬県佐波郡玉村町)に生まれた。英義は、初銘を治廣といい、父英一から鍛刀技術を学び、その後細川正義の門人となり、独立後は父英一と師正義か… |
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法城寺正弘は、但州法城寺国光の末裔で、江戸法城寺派を代表する名工である。正弘は、名を滝川三郎太夫といい、但馬国出石郡弘原(現兵庫県豊岡市出石町弘原)に生まれ、後に江戸へ移住した。正弘の生没年は不明であるが、承応四年(1655年)から寛文頃にかけて… |
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来国光は、来国俊の子または門人と伝えられ、鎌倉末期から南北朝期にわたる山城伝の代表工である。来派の中でも最も作域が広く、また在銘物が比較的残っている。また、来国光は、来国俊と同じく短刀の名手として名高く、その多くが名物として現在に伝えら… |
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刀 帝室技芸員月山貞一彫同作 為征露凱旋記念 依佐治為善閣下需 明治四十年八月吉日
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初代月山貞一は、新々刀期の大坂を代表する名工の一人であり、殊に彫りの名手としても知られている。 初代貞一は、天保七年(1836年)に近江国犬上郡須越村(現滋賀県彦根市須越町)に生まれ、七歳の時の月山貞吉の養子となった。嘉永三年頃から没年である大正七年まで作刀がみられ、明治三十九年には宮本包則と共に帝… |
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因州景長は、粟田口吉正の弟子と伝えられ、通称因幡小鍛冶と呼ばれている。その景長を初代とし、鎌倉末期から室町期にかけて同銘が続いているが、現存する年紀作は僅かであり、その全ては応永年紀である。
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