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古山城物の刀工と言えば、三条宗近、吉家、五条兼永、国永などが挙げられるが、いずれも在銘物は極めて少なく、古い時代より宝剣として珍重されている。 |
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単に新々刀のみに留まらず、斯界に於いて抜群の人気と知名度を誇るのが刀工源清麿である。破滅的であるとさえいわれる数奇な一生、時代を超越した抜群の技量、駄物を残さない不器用なまでの職人気質など、刀の出来もさることながら、彼自身の人となりも人気の一因と考えられる。 |
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初代丹波守吉道は、美濃兼道の三男で、永禄二年(1559年)に三人の兄弟(伊賀守金道、和泉守来金道、越中守正俊)ともに上京し、文禄四年(1595年)に丹波守を受領している。寛永十一年(1634年)までの作刀がみられ、没年は寛永十二、三年(1635、… |
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二王清貞は、二王派の鍛冶で嘉吉、大永、永禄頃に同銘の刀工がいる。 周防国二王派は、保延頃の清真或いは清平を祖として始まると伝わるが、両者の確実な作刀は現存しておらず、今日では鎌倉末期頃の清綱を事実上の祖としている。二王の呼称の由来については諸説あり、著名な説としては宗三郎清綱が周防国木崎村の仁王堂が焼失した際… |
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刀剣は、新々刀、新刀、古刀と大分されるが、現在残っている文献や資料によって確認された刀工だけでも二万数千人を数える。その中で、新々刀期(江戸末期)では技量、知名度、価格などすべての面でずば抜けているのが清麿であり、この事は説明する必要もない周知の事実である。 しかし、本当の清麿の魅力は、実際この刀を手にした者… |
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津田越前守助廣は、長曽弥虎徹、井上真改などと並び称される新刀を代表する名工の一人で、最上作に名を連ねており、殊に刃の明るさは新刀屈指といわれている。 二代助廣は、通称を甚之丞、寛永十四年(1637年)に摂州打出村(現芦屋市)で生まれ、初代助廣門に入り後に養子となる。明暦三年(1657年)に越前守を受領し、寛文… |
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三善長道は、通称を三好藤四郎と言い、寛永十年(1633年)に会津で生まれ、初銘を道長、万治二年(1659年)に陸奥大掾を受領した際に、長道へと改銘したと言われる。貞享二年(1685年)に五十三歳で没している。 |
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八鍬武蔵は、本名を八鍬忠雄といい、昭和十九年(1944年)に生まれ、八鍬靖武の門人となり、独立後は幾度か受賞している。 武蔵… |
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榎本貞吉は、本名を榎本吉市、明治四十一年(1908年)に徳島県で生まれ、昭和三年(1928年)に大坂の月山貞勝に入門、昭和十八年(1943年)に静岡県三島市へ移住し以後同地で作刀した。昭和五十六年より無鑑査待遇、平成八年に無鑑査となった。 |
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長船祐定は、同時期の清光と並び末備前を代表する刀工として知られている。明徳二年(1391年)に祐定銘の最初の作刀が見られ、以後彦兵衛尉や与三左衛門尉等の俗名を切る刀工が登場し、これら俗名入りの刀工に加え、銘鑑では同銘の祐定を名乗る刀工が… |
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