脇指 長曾弥興里入道乕徹

 長曽弥虎徹は、本国が越前、元々甲冑師であったが、五十歳の時に江戸へ出て刀鍛冶に転向した。師伝については、虎徹の作風や茎仕立て、作刀期間からみて和泉守兼重もしくは上総介兼重という説が有力である。虎徹の生年は不明であるが、明暦元年紀(1655年)の兜と明暦二年紀の脇指があることから、明暦の初め頃に五十歳で江戸に出たとして、逆算すると慶長十年(1605年)頃の生まれとなる。没年は、延宝六年(1678年)六月で、江戸で逝去後に本国越前に埋葬されたと伝わる。

 虎徹の傑作といわれる物には、地景、地沸が強く入り、地鉄よく詰み、刃文は沸出来から小沸出来で匂口非常に深く、砂流し、金筋が豊富に入った放胆な作柄と対称的に非常によく詰んだ小板目に地景細かくつき、地沸微塵に細かく入り、地鉄明るく冴え、刃文は匂口よく締まり、小沸出来で明るく冴えた足、葉よく入る精緻な作柄のものがある。

 この脇指は、前者の放胆な作柄で、現在は第五十二回重要刀剣に指定されている。姿は、生ぶで身幅広く、がっしりとした造り込みで、元先の幅大きく、重ね厚めについて踏ん張りごころがある。鋒は中鋒で、鍛えは小板目肌よく詰み、地沸微塵に厚くつき、地景非常に細かく入り、地鉄明るく冴えわたる。刃文は、直ぐに焼き出して、直刃基調に浅く湾れ、互の目を連れて数珠刃風となり、小互の目交じり、足太く盛んに入り、匂深く、沸厚くつき、細かに金筋、砂流しかかり、匂口明るく冴える。帽子は、典型的な所謂虎徹帽子と称される帽子の手前を一度大きく焼き込んで直ぐに小丸に返り、よく沸づいて頻りに掃き掛け表裏深く返る。この脇指の製作年代は、銘振りからみて延宝に入ってからの虎徹の大成期の作とわかる。地刃がよく整い、刀身の肉置きの豊かさも特筆できる点の一つである。とにかくこの脇指の茎の状態、刀身、地鉄、刃文などを一言でいうと「完璧」という言葉が思い浮かぶ。この虎徹は脇指であるが、この脇指が刀だったらという欲求をまったく起こさせない。この長さで十二分であり、余程の虎徹の長刀を持ってこない限り、通常の重要刀剣レベルではこの脇指を凌駕するのは困難と思われる。虎徹の傑作の一つと断言できる。

DATA
  • 長さ 1尺8寸2分
  • 反り 4分6厘
  • 元幅 1寸8厘
  • 元重 2分6厘
  • 先幅 7分3厘
  • 先重 2分1厘
  • 第52回重要刀剣指定
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