刀 備前介藤原宗次 嘉永六年八月日

 新々刀期を代表する備前伝の名手の一人である固山宗次は、奥州白河の出身で享和三年(1803年)に生まれた。宗平と宗俊の二人の兄がおり、いずれも刀工である。通称を宗兵衛といい、師は米沢の加藤綱英と伝わるが、作風からみるとむしろ綱英の弟である長運斎綱俊の影響を強く受けていると思われる。

宗次は、初め白河松平家の御抱え鍛冶であったが、主家の松平家が桑名へ転封になった文政六年(1823年)には追従せずに、宗次が二十代半ばとなった文政十三年(天保元年)に桑名へ赴いている。しかし、宗次が桑名に住んだのは一年余であり、以後は生涯の大半を江戸の麻布長坂(現港区麻布永坂)で暮らし、桑名藩の御抱え鍛冶として活躍した。弘化二年(1845年)に備前介を受領し、没年は不明であるが、明治四年(1871年)までは作品が残っているため、それ以降に入寂したものと思われる。

この刀は、嘉永六年(1853年)の年紀から宗次五十歳の時の作とわかる。この刀の銘振りや作柄から円熟した安定感のある作柄を呈し、現在の保存状態も非常によく、茎は処々光って銘振りは鏨枕立ち、たっぷりとした刃区、棟区を呈している。その為か、鎺元の刃区付近にオリジナルだと思われる生ぶ刃がだいぶ残っている。鎺と付近の茎にある化粧鑢は現代刀のように美しく光っている。おそらく、製作当時の姿とほとんど変わっていないと思われ、長さも二尺三寸と定寸であり、地鉄は小板目よくつき、地景入り、地沸つく。刃文は、宗次らしい比較的匂口の締まった互の目を連ねた刃文で、足、葉入り、匂口明るく冴える。保存状態のすこぶる良い固山宗次の典型作である

DATA

長さ 2尺3寸

反り 6分5厘

元幅 1寸3厘

元重 2分4厘

先幅 7分3厘

先重 1分6厘

特別保存刀剣鑑定書付

価格 290万円

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