刀 於土州國分寺邊蒼龍子貞行造之 昭和五十年葉月日

 蒼龍子貞行は、本名を山村貞行といい、明治四十二年(1909年)に高知県に生まれ、山村瑞雲子善貞の門人となり、戦後は高知県南国市国分で鍛刀した。

 この刀は、茎に切られた年紀から昭和五十年(1975年)に作られたものとわかる。姿は、身幅広く、反りややつき、表裏に棒樋を掻き流している。鍛えは、小板目に柾目肌交じり、地沸つく。刃文は、互の目に丁子刃交じり、足長くよく入る。

 この刀に付帯する拵は、現代に作られたもので、そのまま居合刀として用いてもまったく問題ないしっかりとした造り込みの拵である。

 因みに、貞行の鍛刀地である南国市国分は、土佐国分寺に由来する地名である。土佐国分寺は、古代より中世まで土佐の国府の所在地であり、近年では弥生期の住居跡が発掘されるなど、土佐の中でも古くから発展した地である。

余談であるが、三十六歌仙の一人として知られる歌人紀貫之が土佐の国司を務めた時の屋敷跡が土佐国分寺付近に残っている。日記文学の代表作の一つである土佐日記は、貫之が土佐から京へ戻る道中の出来事を書いた日記文学である。

DATA
  • 長さ 2尺3寸3分
  • 反り 5分3厘
  • 元幅 1寸3厘
  • 元重 2分4厘
  • 先幅 6分8厘
  • 先重 1分6厘
  • 価格 55万円
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